私には、兄がいます。
とは言っても、もう10年以上前に他界してしまいました。
死因は交通事故。
バイクで大型トラックの車両後部に激突し、即死でした。
当時、兄は17歳。
地元でも有名な暴走族のリーダーを務めていたらしく、近所のみならず周囲からはかなり恐れられていた存在だった。
元々はすごく優しく、弟の私に対しても面倒をよく見てくれて遊んでくれていた兄ですが、中学校2年生頃から急に悪へと方向を間違えてしまったのです。
学校へも急に行かなくなり、家にもたまにしか帰って来なくなった兄。
「一体何があったのだろう…」
元々は明るく笑顔で運動が大好きな性格だった兄は、友達からも人気の活発的な好少年。
それが急に変貌してしまったので、家族も私も困惑を隠しきれませんでした。
家には、警察から電話が掛かってくる事なんて日常茶飯事。
・暴走行為
・喧嘩
・窃盗
両親は、兄の犯した様々な所業で警察へ呼び出しをされていました。
たまに家に帰ってきては母親と父親と言い合いになり大げんか。
あんなに優しかった兄は、その時既に私とは口も利いてくれなくなっていました。
兄が悪の道へ進み、見た事のない特攻服のような服を身に纏い単車で家を出て行く姿を見て、母が泣いている姿を何度か見た事だってあります。
なんでこんなに家族を悲しめる事をするんだ。
私は、徐々に大好きだった兄に対して怒りを覚える様になり、ハッキリと兄に立ち向かって、もう
家族を悲しませる様な事をするのはやめるように言ったのです。
すると、兄は怒るわけでもなく意味深にこんな言葉を返してきました。
お前には分からんよ。
戻れない状況と今更なんて言っていいかも分からない所まで来ちゃったんだ。
でも、お前には悪いと思ってる。
スマンな。
この時、私には兄が言っている本当の意味が理解できませんでした。
1週間後、兄が交通事故で他界するまでは…
深夜1時頃だったでしょうか。
自宅の電話が急に鳴り、両親は寝ていたので私が仕方なく電話に出るとその相手は警察。
「はぁ、また兄が何かしたのか…」
そう呆れた声で応答すると、警察はどこか元気のない声で事情を説明し始めました。
◯◯さんのご自宅でよかったですね。
◯◯さんが、先ほど交通事故に巻き込まれ現在◯◯病院へ搬送されました。
事故の詳しい状況は調査段階ですが、◯◯さんの容体が良くないとの事でしたので、ご家族の方と病院に急いで下さい
その時、何故か私の脳裏にはとても嫌な予感が。
両親を叩き起こして病院へと急ぎ、兄の病室へ。
しかし兄は、即死状態だったそうです。
病院で死亡が確認された所に私達が掛けつけ、何も考える暇もなく兄と話す暇もなく兄は私達の目の前からいなくなってしまったのです。
悲しむ余裕なんてありませんでした。
本当に何が起きたのか、本当に兄はこの世から消えてしまったのか…
起きた事実を受け入れる事が出来ず悲しみに暮れる反面、こんな状態で死んでしまった兄にやはり怒りが込み上げてきました。
もっと家族孝行してからいなくなれよ…
なんで皆と喧嘩したまま死んじゃうんだよ。
悲しみと怒りが折混ざる中、兄の部屋の遺品を整理をしていると思わぬモノを見つける事に…
殺風景な兄の部屋に一つだけ気になるものがあったのです。
それは、さほど大きくはない物入れ。
不思議だったのは、何故か全ての引き出しに鍵が掛かっているのです。
「暴走族のリーダーで、悪い事ばかりをしていた兄が鍵を掛けてまで隠したかったモノ…」
そう考えると悪いモノや恐ろしい何かが出てくるのではないかと億劫しましたが、バールでこじ開けて中身を見てみる事に。
すると、そこには暴走族で日々強がり喧嘩に明け暮れ、挙げ句家族にも反抗ばかりしていた兄の本当の姿が隠されていたのです。
家で一緒に食事なんて絶対しなかった。
反抗して両親には冷たい言葉ばかり投げかけていた。
喧嘩ばかり、暴走ばかりでいつも警察から電話が来て迷惑を掛けていた。
家にすら全然帰って来なかった。
金属バールでこじ開けたその引き出しの中には、兄が絶対家族に見られたくなかったモノが敷き詰められていたのです。
それは、兄が反抗や暴走族になる以前までに、たくさん撮られた家族写真。
家族全員で旅行に行ったときの写真や、私とのツーショット写真。
一枚一枚兄が自分で丁寧にアルバム保存して、引き出しの中にしまっていたのです。
恐らく、反抗して後に引けないプライドが邪魔して素直になれなかったのではないでしょうか。
強がりや生意気な事を言って家族を悲しませている自分が、家族写真を丁寧にアルバムにしている姿など見られたくなかったのでしょう。
私は、何故かそのアルバムを見た瞬間笑ってしまいました。
止まらない涙と共に、天国にいる兄に話し掛けながら…
ダッセー…
でもさ、兄貴らしいじゃん。
事故当時、兄の単車のキーホルダーに付けられていた謎の鍵の正体はこの引き出しの鍵と一致しました。